[艶やかかつ軽快、美しく楽しいヒューマンドラマ、七年目やサブリナ]

ヘンリー・フォンダ出演、ハリウッド女優の抱く明暗をテーマにしたミステリー作品『悲愁』を描いた監督、それがビリー・ワイルダーである。50年以上映画に携わり多数の作品を仕上げた彼は、先のミステリー作品から戦争作品、シリアスドラマ作品、ミュージカル作品と様々な傑作を描いているが、殊、コメディタッチの艶やかで楽しいヒューマンドラマは、より多くの人びとをとびきり魅了せしめた。オードリー・ヘプバーン主演『麗しのサブリナ』、スカートが捲れ上がるシーンで有名なマリリン・モンロー主演『七年目の浮気』など、作品は物語を越えて文化にも大きな影響を与えている。
190７年、旧オーストリア・ハンガリー帝国のベズギドにて生まれる。本名はサミュエル・ワイルダー。ユダヤ家系、父はカフェレストラン経営者。兄がいる。ニューヨークにて生活していた事もある母は西部劇が好きで、息子サミュエルに西部劇らしい名前、「ビリー」という愛称を付けて呼んでいた。1925年、18歳、大学に進学するも中退、新聞記者の職に就く。1926年、19歳、仕事の都合でドイツのベルリンに移住、ダンスホールで伊達男役を演じて情報を収集しながら、記事の執筆を続ける。1928年、21歳、映画の脚本家として活動を始め、1929年、22歳、映画『悪魔の記事』のエンドロールに初クレジット入りを果たす。極貧生活が続いていたが次第に注目され始め、『日曜日の人々』、『少年探偵団』、『街の子スカンボロ』といったヒット作品を描く。1933年、26歳の頃、ドイツ国内にて反ユダヤ主義を掲げるナチス党が台頭し始めたのを機に、恋人と共にフランスへ亡命。労働許可証が無い為、フランスでは偽名にて監督、脚本家として活動。1934年、27歳、少しも英語を話せないながらも、友人を頼りにアメリカへ移住。コロンビア映画と短期契約し、地道な下積み生活を送る。1937年、30歳、『シャンペン・ワルツ』の脚本がパラマウント映画に売れた事で軌道に乗り、1942年、35歳、ハリウッド初監督を果たす。尚、資金に多少の余裕が出来た1937年、第二次大戦の開戦前、ビリーは依然ドイツ国内にて生活していた母を迎えに旅立ったが、父を亡くした後再婚していた母は首を縦に振らず、同地での生活を続けると主張した。ビリーは彼女の意志を汲んでそのままアメリカに帰国したが、結果、二度と彼女に会う事は出来なかった。母、再婚者、祖母は、アウシュビッツ強制収容所で亡くなったとされている。――さて、『深夜の告白』、『皇帝円舞曲』、『サンセット大通り』、『第十七捕虜収容所』と傑作作品を手掛けた後、1954年、47歳、オードリー・ヘプバーン主演『麗しのサブリナ』、翌1955年、48歳、マリリン・モンロー主演『七年目の浮気』にて大成功を博し、映画監督としての地盤を確固たるものにする。以後、オードリー主演『昼下りの情事』、マリリン主演『お熱いのがお好き』、ジェームズ・スチュアート主演『翼よ！あれが巴里の灯だ』、ジャック・レモン主演『アパートの鍵貸します』など、軽快なヒューマンドラマ傑作を描く。1981年、74歳、『バディ・バディ』にて映画製作から身を引いたが、映画界には携わり続けた。2002年、95歳にて永眠。

1936年、29歳にてジュディスと結婚、2人の子どもをもうけるも、10年後の1946年、39歳にて破局。1949年、42歳、アンドレイと結婚し、生涯を共にした。オードリー・ヘプバーン主演『ローマの休日』の名監督、ウィリアム・ワイラーは親友だが、語感がよく似ているので名前を間違えられる事もしばしば。美術収集が趣味。ネクタイが嫌い。映画への強烈なこだわりを持つ事から俳優、スタッフらと口論になる事もあったが、それ以上に尊敬を集めていた。

ちなみに、ビリーの若き新聞記者時代、彼は精神学の祖として馴染み深いジークムント・フロイトの取材に向かった事がある。メディア嫌いであったフロイトはビリーを一喝して追い返したと言う。が、混沌として陰惨、学問というよりＳＦ物語のようなフロイト心理学でじわじわ迫られるより、ビリー作品をさくりと鑑賞した方がよっぽど安らかな心になれる事を鑑みれば、一喝されねばならないのはフロイトの方なのではなかろうか。



ムービーデータベース（IMDb、英語）
Billy Wilder (IMDb、英語）