ベン・キングスレー(1943~)
コミカルタッチのサスペンス劇、『ラッキーナンバー7』にてルーシー・リュー、モーガン・フリーマン、ブルース・ウィリスらと共演している俳優、それがベン・キングスレーである。静かな落ち着きと温かさを併せ持ち、厳格さから繊細さまで柔軟に演技を披露せしめる人物だ。
1943年、イギリスのノースヨークシャにて生まれる。本名はクリシュナ・パンディット・ファンジ。父はケニア生まれのインド系で医師、母はロシア系ユダヤの血を引くイギリス人の女優、及びモデルである。1958年、15歳、マンチェスターの私立学校へ進学、父と同じく医師へなるべく勉学を続けるも、1962年、19歳、シェイクスピア劇『リチャード3世』の舞台を鑑賞、この時の感動を契機に俳優への道を志し始める。1966年、23歳、大学卒業後は劇団へ所属し、本格的に俳優としてのキャリアを重ねる。同年、ロンドンにて舞台へ初出演、ナレーター、ギター、歌を担当し、実力を認められる。翌1967年、24歳、シェイクスピア俳優としての活動を始め、1970年、27歳の頃からテレビドラマなどへも出演。素その後も俳優として活躍をする中で、1982年、39歳、歴史に大きく名を残したインドの偉大なる指導者、ガンジーの伝記映画『ガンジー』にて、ガンジー役に抜擢。同作品の大成功により一躍、脚光を浴びる。このガンジーはあまりに強烈な役であったにも関わらず、その後も柔軟性のある演技力から幅広いジャンルの映画にて活躍。以後は、スティーブン・スピルバーグ監督『シンドラーのリスト』イザック役、『アンネの日記』オットー・フランク役といった史実作品における重要な役柄を好演する他、ロバート・レッドフォード共演『スニーカーズ』、『サウンド・オブ・サンダー』、上記『ラッキーナンバー7』、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ共演『シャッターアイランド』など、サスペンス、ミステリー、SF作品などへ出演を続けている。2001年、58歳、文化的貢献が認められ、大英帝国勲章を授与される。
4度の結婚暦がある。1人目のアンジェラとの間に2人、2人目のアリソンとの間に2人の子どもがいる。父方の両親の出身地は、マハトマ・ガンジーと同様、インドのグジャラット。『ガンジー』の俳優選考時、イギリス人であるベンに批判の声も上がったが、上記の血筋の関係、そして彼の人柄や演技の質が認められ、抜擢に至る。
ちなみに、日本人に対する西洋人然り、西洋人に対する我々日本人の人相識別能力は往々にして信頼の置けぬ所があり、今回の場合は同様のスキンヘッド、かつ全体的な演技や人間性の質のよく似たベン・キングスレー、『スタートレック;ネクストジェネレーションズ』のパトリック・スチュワート、『LOST』のテリー・オクィンを混合する場合がある。特にベンとパトリックは「イギリス生まれのシェイクスピア劇出身者」という履歴から雰囲気も良く似たような所がある。しかしながらスタートレックファンとしての筆者はそうした混合をあまり好ましく思わぬのだし、彼らの名誉にも関わる事であろうから、ここで若干、彼らの特徴を記しておこう。『LOST』のテリーは3人の中で最も柔和な容姿を持ち、リチャード・ギア、エドワード・ノートン出演映画『真実の行方』、J.J.エイブラムス監督のテレビドラマ『エイリアス』、テレビドラマ『X-ファイル』、テレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』など、主にテレビドラマを中心に強い印象を残している人物だ。パトリックは端正な顔立ちをし、SFテレビドラマ『スタートレック』艦長役、映画『X-MEN』プロフェッサー役などの超が付くほどの当たり役を持つ。ベンは彫の深い顔立ちをし、先述の通り『ガンジー』、『シンドラーのリスト』などで活躍をしている。尚、余談ではあるが、『ガンジー』撮影時、あまりにベンがガンジーそっくりであった事から、現地の村人たちがすっかりガンジーの奇跡的な復活を信じ、ばたばたと拝み始めたなどというエピソードが残っている。
ムービーデータベース(IMDb、英語)Ben Kingsley (IMDb、英語)