戸田奈津子 (1936~)
映画のいわば変成器として機能する字幕は、ただ外国語と日本語を接続すれば良いという訳ではない。1秒間に4文字という速度、最大でも1度に10字の文を2行までの表示という制約がある中で、その物語と考証に沿った、適切な意訳をせねばならないのだ。単純に考えてもみて、”I”を「私」と訳すのか、それとも「僕」と訳すのか、だたそれだけでも日本人の受け取るニュアンスはそっくり変わってしまう。”Harry Potter and the Half-Blood Prince”を例にとってみても、そのまま直訳して『ハリーポッターと半血のプリンス』では物語の情感が湧かぬのだし、第一、「『ハンケツ』のプリンス」なぞ、これはもう大したお笑い草である。
さて、イアン・マッケランが魔法使いガンダルフを好演した、ピーター・ジャクソン監督のファンタジー傑作作品『ロード・オブ・ザ・リングス』。この作品の字幕を担当していた人物が、日本の字幕翻訳者として著名な戸田奈津子である。
1936年、日本の福岡県に生まれる。元々彼ら家族の出身地は東京であるが、戦争の影響を避けて福岡に移住をしていた。父は日本軍として中国に出向していたが、1937年8月、1歳にて、上海事件の武力衝突に巻き込まれてこの世を去り、母が奈津子を育てる。1945年、9歳、第二次世界大戦終結を受け、再び東京に移住。この頃から映画をこよなく愛するようになり、映画と共に少女時代を過ごす。1968年、23歳、津田塾大学英文学科を卒業後、生命保険会社に入社。しかし映画への情熱を諦めきれず、1969年、24歳にて退社し、そのまま字幕翻訳者、清水俊二へ弟子入りをする。彼の紹介を受けて日本ユナイト映画にて雑務のアルバイトをこなす中、この会社にて広報を担当していた水野晴郎から通訳を依頼される。これを皮切りに彼女の英語力を使う仕事が舞い込み始め、同年、フランス映画『野生の少年』にて初となる映画字幕翻訳を担当。以後、着実に字幕翻訳者としてのキャリアを重ね、1979年、34歳で担当したフランシス・コッポラ監督『地獄の黙示録』にて広く認知され、今に至るまで『タイタニック』、『スターウォーズ』、『ターミネーター』、『ハリー・ポッター』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『007』、『アバター』……など、数多くの映画作品の字幕翻訳を手がけている。2004年、68歳、映画文化への貢献を讃えられ、文化長官表彰を授与された。
しかし傑作の字幕を多く手掛けているがゆえに――などという言い方も出来ようが、彼女の翻訳に不満足な映画ファンも少なくない。誤訳や意訳の多さにより、諸賢の中にはいっそ苛立ちすら覚える方もいるやしれぬ。実際、先述の『ロード・オブ・ザ・リング』の字幕においては原作の情趣とは大きく異なる部分が少なくなく、これが原因で熱心なファンたちによる抗議文が提出され、最終的に翻訳を全面的に練り直す作業が執り行われた事もある。
ともあれ、彼女の翻訳力の是非はさておき、日本では数多くの名作を気軽にレンタルし、日本語字幕と共に鑑賞する事が出来る事は事実である。筆者は数々の先人たちに、感謝をしたい。
ムービーデータベース(IMDb、英語)<a href=" http://www.imdb.com/name/nm2731739/ " target="_blank">Natsuko Toda(IMDb、英語)</a>