ジョン・ジョセフ・トラボルタ (1954~)
2007年、太った女の子を主人公に吸えた愉快なミュージカル・コメディ映画『ヘアスプレー』にて、クリストファー・ウォーケンは女の子の父親役を素敵に演じていた。では、母親役は?作品を観たがこの事実を知らない諸賢は、ここで度肝を抜かされる事になろう。母親役は、ジョン・トラボルタである。『サタデー・ナイト・フィーヴァー』、『フェノミナン』、『フェイスオフ』、最近では『サブウェイ123』などでお馴染みの、あの独特な圧倒感のある俳優だ。
1954年、アメリカのニュージャージーに生まれる。6人兄弟の末っ子。父は元フットボール選手のタイヤ修理店セールスマン。母ヘレンが舞台の演技指導者。無論、ジョンが俳優を目指したきっかけは、この母の影響である。高校卒業後、1970年、16歳にてニューヨークに渡り、ミュージカルに出演。実力を認められたジョンは次に遥か遠く、西海岸のロサンゼルスに移り、テレビドラマにレギュラー出演。ここでも人気を博し、1976年、21歳の頃に『キャリー』で映画デビュー。1977年、22歳にて出演した青春映画の名作『サタデー・ナイト・フィーバー』で知名度が急上昇する。ところが1980年、25歳の頃から作品に恵まれず、いわゆるスランプのような時期に突入してしまう。再び脚光を浴びたのは1994年、40歳にて出演したタランティーノ監督『パルプ・フィクション』。ここで大人気を博すると、翌年1995年、ジーン・ハックマン共演の『ゲット・ショーティ』にてゴールデングローブ賞を受賞する。が、どうも作品によって演技の完成度に浮き沈みのあるように感ずるジョン、その後の出演作の中には傑作と呼べるものが多くある反面、どうにも恐ろしく退屈な作品も存在する。2000年、46歳にて公開された、製作と主演をこなした『バトルフィールド・アース』では、最低の映画に贈られるラジー賞の各部門を総なめにしているという転倒ぶりである。
生活の面で特徴的な事柄は2つ。1つは宗教集団サンエントロジーの信仰者である事。50年前にアメリカで興ったこの宗教は、心理学的、科学的なアプローチを試みて文明倫理を高めようとする事を目的とする。怪しげだと感ずる諸賢もいようが、実害なく、真面目に心と体の格闘をしているようであるからして良しとしよう。2つは航空機の熱烈なマニアである事。1974年、20歳にて航空機の操縦資格を取得した後、実際の飛行時間は28年間で何と5000時間を超えている。大型旅客機の操縦資格も取得しており、自宅には2機のジェット機と軽飛行機を所有、4ヶ月前のハイチ地震の際には自分の飛行機で災害支援に向かうなどという完璧なる空の男である。尚、結婚したのは1969年、37歳の頃。相手は女優ケリー・プレストン。息子と娘がいるが、不幸にも2009年、16歳の息子を病気にて失っている。
ちなみに、ラジー賞を受賞した『バトルフィールド・アース』は、上記サイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードの小説を実写化したものである。2001年のラジー賞受賞のみならず、2005年にはラジー賞創設25周年特別大賞歴代最低ドラマ作品賞、2010年には2000年代最低賞を受賞している。筆者は大切な時間を失う勇気が持てず、まだこの作品を目にしていない。
ムービーデータベース(IMDb、英語)JohnTravolta(IMDb、英語)