CINEMAのすすめ [温かく切ない喜劇王]

『ミスター・ビーン』のローワン・アトキンソンが影響を受けた俳優に、言うまでもなくチャールス・チャップリンがいる。世界中で名の知られた喜劇王の名を諸賢も存じていようが、作品を鑑賞した事は無いという者もいよう。若い世代ほどモノクロで古臭いと思われがちであるが、それはまるで間違った観念である。彼の作った温かく切ないコメディの数々は、人生を豊かにしてくれる。
1889年、イギリスはロンドンにて生まれる。両親はロンドンで名の知れた舞台歌手。兄シドニーがいる。1890年、1歳の頃に両親が離婚、子ども達は母ハンナに引き取られる。それでも幸せな生活を送っていたが、1894年、5歳、ハンナの声が出なくなり歌手引退を余儀なくされ、ここから生活が貧困の一途を辿る。多少なりとも養育費を支払っていた父がアルコール中毒で死亡するとますます生活は苦しくなり、孤児院や貧民院を転々とする。この苦しみから、母が精神病を患い、入院。兄とチャールズはあらゆる職で何とか食を繋ぐ。転機となったのは、この2人が劇団やミュージックホールに採用され始めてから。次第に状況が好転し始め、1907年、18歳、当時5劇団をまとめていた有名なカルノー座というコメディアングループに属し、ここでチャールズの酔っ払い演技が大人気を博する。1913年、23歳、カルノー座がアメリカへ巡業した際、著名な映画プロューサーであるマック・セネットの目に止まり、スカウト。アメリカでの挑戦が始まると、瞬く間に人気を博し、1916年、26歳にてミューチュアル・フィルムへ移転する。既に映画界の若き才能として認められていたチャールズは、ここでは破格の給与や制作費が保障されて、存分にその才を発揮して数々の短編コメディ作品を作り上げる。そして1921年、31歳の頃に作った、孤児を拾った男のドラマ『キッド』は、単なるコメディではなく悲劇性やドラマ性が加わり、ますます彼の作品が洗練され始める。

映画環境が変わり始める。無声映画から技術が進歩し、1927年からトーキー（音の付いた映画）が導入される。キャラクターイメージを壊したくなかったチャールズは無声映画での製作を続けるが、とうとう1940年、46歳、ドイツで崇拝されていたアドルフ・ヒトラーをパロディ化した『独裁者』にてトーキー技術を採用する。当時はあまりにタイムリーな話題であったし、説教臭いなどという批判もあり人々の反応はいまひとつであったが、現在では彼の作品の中でも大傑作の中のひとつとされている。この時点で既に世界的な名士に成長していたチャールズであるが、1952年、62歳、共産主義を排除する運動「赤狩り」の影響を受け、アメリカから国外追放されるという憂き目を見る。以後、スイスに移住。1972年、82歳、20年の歳月を経てアメリカへ訪問、アカデミー賞特別賞が授与され、参加客たち全員のスタンディングオベーションに迎えられた。1975年、85歳、女王エリザベス２世よりナイトの称号を授与。1977年、88歳、スイスの自宅にて永眠。

ちなみに、アドルフ・ヒトラーとの誕生日は、わずか4日違い。チャールズは1889年4月16日、ヒトラーは同年4月20日である。世界を最も笑わせ感動させたイギリス人が生まれた4日後に、世界を最も怖れさせ震撼させたドイツ人が生まれた。何か異様な運命性を感ずる。



ムービーデータベース（IMDb、英語）
Charles Chaplin （IMDb、英語）