[伊達、大胆、かつ洗練された無頼漢、ハードボイルド俳優、カサブランカ]

日本人初のハリウッドスター、早川雪洲。彼とは第二次大戦前から友人として親交があり、後にパリにて隠居していた早川をハリウッド俳優に戻して『東京ジョー』にて共演した人物、それがハンフリー・ボガードである。伊達、大胆、かつ洗練された無頼漢――といった人物像を見事に演ずる、ハードボイルド俳優の代表人物である。
1900年、アメリカのニューヨークにて生まれる。本名はハンフリー・デフォレスト・ボガート。父は外科医、母は服飾デザイナー。イギリスとオランダの血筋。大変裕福で厳格なキリスト教家庭であり、母、モードは熱烈な婦人参政論者、そして熱心な子どもの教育者。2人の妹がいる。両親は名門のイェール大学へ息子を進学させる為、やはり名門の私立学校へ通わせるが、次第に意欲を無くし、1918年、18歳、高校から退学処分を受ける。飲酒や喫煙などの素行面や、父親の政治的な姿勢などが原因とされている。退学直後、途方に暮れる両親をよそに、募集の貼紙を目にしてアメリカ海軍へ入隊。同年は第一次世界大戦末期であり、彼は軍艦でヨーロッパ方面を周航。この航海について、「パリ！フランス娘！素晴らしい体験だった！」などと、本人は語る。同戦争中に唇を負傷した事によって、独特の鼻がかった区切るような口調、トレードマークの傷跡が形成されたと言われているが、この逸話はスタジオ側によって麗しく捏造された可能性があり、幼少時代のボート事故が原因だとする説、俳優成り立ての頃に入り浸っていた酒場で起こした喧嘩が原因だとする説……など、様々な説が存在する。1921年、21歳、海軍退官後、しばらくは海軍の荷を取り扱うセールスマンを務める。同年、少年時代の友人と再開、この友人からショービジネスの勧誘を受け、ニューヨークの舞台俳優として活動を始める。次第に注目を浴び始めた彼は、1928年、28歳、『河上の別荘』にて映画初出演を果たし、好演により人気を博する。ギャング映画の深みと味のある敵役として引き続き人気を博した後、1941年、41歳、ジョン・ヒューストン監督『マルタの鷹』、翌1942年、44歳、イングリッド・バーグマン共演、第二次大戦中のモロッコを舞台にした恋愛ヒューマンドラマ傑作『カサブランカ』にて伊達な主人公を演じきり、ハードボイルドの名俳優として地盤を踏み固める。以後、ハワード・ホークス監督、ヘミングウェイ原作『脱出』、『三つ数えろ』、ビリー・ワイルダー監督、オードリー・ヘプバーン、ウィリアム・ホールデン共演『麗しのサブリナ』、ジョセフ・Ｌ・マンキ-ウィッツ『裸足の伯爵夫人』、ジョン・ヒューストン監督『黄金』、『キー・ラーゴ』、『アフリカの女王』など、様々なドラマ作品傑作への出演を続ける。『アフリカの女王』ではアカデミー賞主演男優賞を受賞した。1955年、55歳、ウィリアム・ワイラー監督『必死の逃亡者』、1956年、56歳、『殴られる男』へ出演した後、1957年、57歳、食道がんにより永眠する。

4度の結婚暦がある。4回目は1945年、45歳、『脱出』にて共演したローレンと結婚、2人の子どもをもうけ、彼の生涯を共にした。大変な喫煙家、酒豪。スコッチ・ウィスキーの薬用酒、ドランブイを愛飲。トレンチコートの襟を立てる、紙煙草を葉巻のように摘み上げて吸う、といった「ボギースタイル」は、現在でもハードボイルドらしい仕草として、そのファンが多い。

ちなみに、伊達さ、大胆さ、非情さ――などを表現する、すっかり日本語として浸透している「ハードボイルド」という表現であるが、元々の英語は《Hard-Boiled》、要するに「固ゆで卵」の意である。言われてみれば、彼の名前Humphrey《ハンフリー》は、イギリスやジョン・キャロル『鏡の国のアリス』でお馴染みの卵男、Humpty-Dumpty《ハンプティ・ダンプティ》の名前前半部の語感と類似している。もっとも、ハンプティ・ダンプティは生卵である……が、こんな事はどうやら、どうでも良い話である。



ムービーデータベース（IMDb、英語）
Humphrey Bogart (IMDb、英語）