[素朴な疑問で巧みな意見主張、現代の意識的なソクラテス]

同時多発テロ事件に対するブッシュ大統領の失態ぶりを描いたドキュメンタリー傑作『華氏911』では、冒頭に「タクシードライバーの人」としてロバート・デ・ニーロがちらりと登場する。この作品を描き出した監督、それがマイケル・ムーアである。彼は素朴な疑問と軽快な演出を巧みに使い、脇の下をくすぐるように社会悪を鮮やかに批判してみせる。言わば人物の意見や行動の揚げ足を取って批判するこのドキュメンタリー手法は、古代ギリシャにおいて学識者たちの揚げ足を取らんと街中を練り歩いていたソクラテスの弁論術に通ずるところがある。
1954年、アメリカのミシガンにて生まれる。本名はマイケル・フランシス・ムーア。アイルランド系の家系。生まれた街フリントは当時、自動車会社の大企業であったＧＭ社の生産拠点とされていた地域であり、父、母、祖父、また親戚を含め、ほとんどが同社の自動車工場の仕事に携わっていた。叔父は座り込みストライキを敢行する事で有名な、労働組合創始者の1人である。少年時代、ローマ・カトリック教系の学校に通い、舞台や討議会などへ積極的に参加をする。1972年、18歳にて高校卒業後、ミシガン・フリント大学へ進学、学生新聞の編集者を務める。1976年、22歳、大学を中退し、「フリント・ボイス」誌を発行し、同誌の編集者として活躍。1986年、32歳、「フリント・ボイス」廃刊後、「マザー・ジョーンズ」誌の編集者として活動するも、意見の相違により半年後に退職。1989年、35歳、地元フリントの自動車工場の完全閉鎖に伴い、大企業ＧＭ社の暗部を指摘すべく、ドキュメンタリー映画作品『ロジャー＆ミー』を製作。アポイント無しで一市民が大企業の社長へ直談判する光景はあまりに斬新、愉快かつ痛快であった。この作品の大成功からドキュメンタリー監督としての地盤を固めた彼は、以後、テレビ番組『アホでマヌケなアメリカ白人』、『華氏９１１』、『ボウリング・フォー・コロバイン』、『シッコ』、『キュピタリズム～マネーは踊る～』など、エンターテイメント性の高い傑作ドキュメンタリー作品を次々に描き出している。

1991年、37歳、プロデューサーのキャサリンと結婚、1人の娘がいる。野球帽とメガネ、ジーンズとスニーカーという出で立ちがトレードマーク。生涯最高のドキュメンタリー作品として原一男監督『ゆきゆきて、神軍』を挙げる。

ちなみに、『アホでマヌケなアメリカ白人』の作品内において、観葉植物フィカスを知事選に立候補させた際、何と現職知事よりフィカスの方が優秀だと判断した市民らが植物を当選させてしまったという珍事が起きた。無論、この当選は無効扱いとなったが、どこぞの島国で近日行われた参院選挙でも、あるいは観葉植物に投票する方がよっぽどマシだとうんざりしている者が少なくなかろう。その島国には、確かな哲学、信条、未来への展望を持つ指導者がどうにも見当たらぬ。迷走、迷走、迷走……



ムービーデータベース（IMDb、英語）
<a href=" http://www.imdb.com/name/nm0601619/" target="_blank">Michel Moore (IMDb、英語）</a>